4月 22 2011
それって債権逃れ??会社分割と詐害行為取消権
1 最近、不況の影響により、事業再編の相談が増えていますが、とりわけ会社分割に
関する相談・質問が増えています。
問題は、「抜け殻方式」といわれる会社分割の方式が、債権逃れの手法であり債権
者を害するのではないか、という点です。
この点について、最近、相次いで判例が出されていますので、紹介します。
2 分かりやすくするために、簡単なモデルケースをもとに説明します。
モデルケース
『A株式会社(A社)は、物品販売事業(不採算事業=赤字)と飲食事業(採算事業=黒字)を営んでいるとします。A社は、会社分割により、黒字の飲食事業を新たに設立する(新設分割設立会社)B株式会社(B社)に承継させることにしました』
<分割計画>
・B社の株式100%をA社に割当(=物的分割)
・B社への承継は黒字の飲食事業に関する流動資産50+固定資産50のみ。B社は
負債を承継しない。
A社とB社のバランスシートは、以下の通り(説明のため、簡略化しています)。
以上のように、A社は債務超過でしたが、会社分割により負債のないB社が設立さ
れました(このような会社分割も可能です)。
A社側とすれば、当然、B社で黒字部門である飲食事業に注力したいところです。
他方、A社の債権者側からすれば、A社から黒字部門(飲食事業)だけ外に出され、
いわば抜け殻となったA社に対する債権だけがあっても回収不能となるリスクが高いと
して、何らかの措置をとりたいところです。
このような「抜け殻」方式の会社分割に問題はないのでしょうか?何か措置は取れ
ないのでしょうか?
3 債権者の異議手続き
まず、A社の債権者を保護する措置として、会社法が定める債権者の異議手続きが
考えられます。
会社法は、「新設分割後、新設分割株式会社に対して債務の履行(当該債務の保
証人として新設分割設立会社と連帯して負担する保証債務の履行を含む。)を請求す
ることができない新設分割株式会社の債権者に対しては、異議手続きをとりなさい」と
定めています(会社法810条1項2号)。
本件でいえば、元々A社の債権者であって、会社分割後に、A社に対して請求でき
なくなる債権者は、異議手続きがとられます(催告などにより、会社分割を事前に知る
ことが可能)。
逆に言えば、元々A社の債権者であって、会社分割後もA社に対して請求できる債
権者については、異議手続きをとる必要がありません。
その理由は、A社の財産は変わらないため経済的には価値が等しいことから、会社
分割後も債権者がA社に対して請求できるのであれば、債権者がA社から弁済を受け
ることが困難になったとはいえない、という点にあります。
要するに、B社は、飲食事業に関する流動資産50と固定資産50を承継し、A社がそ
のB社の株式を100%所有しているのだから、A社の資産に変わりはないので、A社
の債権者に異議手続きは不要、ということです。
このように、A社の債権者には異議手続きが不要なので、A社の債権者の全く知らな
いところで、A社が抜け殻になってしまうことができることになります。
4 会社分割無効
次に、会社分割無効、という手段が考えられます(会社法828条)。
しかし、会社分割無効は提訴期間6か月という期限が設けられています。
そうすると、抜け殻方式は、債権者に知られないように行う、という点がポイントです
から、債権者が会社分割を知らないまま6ヶ月を経過する、ということになりそうです。
したがって、会社分割無効は困難といえそうです。
5 詐害行為取消権
では、A社の債権者は、会社分割によって弁済を受けるのが困難になったとして、詐
害行為取消権による保護は受けられないでしょうか?
問題は、上記のように、会社分割後もA社の資産の数字上は変化がないため、「債
権者を害してはいない」→「詐害行為取消権は行使できないのではないか」、という点
です。
最近、モデルケースと似た事案において、新しい判決が出されました。
東京地裁平成22年5月27日判決は、「株式会社の新設分割も詐害行為取消権の
対象となり得る」とした上で、以下のように判断しました。
要約すると、「本件会社分割は、無資力のY1(=モデルケースでいえばA社)が、そ
の保有する無担保の残存資産のほとんどをY2(=モデルケースでいえばB社)に承継
させるものであるが、Y1がその対価として交付を受けたY2の設立時発行の全株式
が、Y1の債権者にとって、保全、財産評価および換価等に著しい困難を伴うものと認
められる本件においては、本件会社分割により、Y1の一般財産の共同担保としての
価値が毀損され、債権者が自己の有する債権について弁済を受けることがより困難に
なったといえるから、本件会社分割はY1の債権者であるX(=A社の債権者)を害する
ものと認めることができる。」(括弧内・下線部は筆者)
やはり、会社分割後にA社が、B社の株式を100%所有しているとしても、B社は通
常は閉鎖会社であり、その株式は一般には売買されませんから、分割前に比べると、
A社の財産は減ったと評価されるでしょうね。
そうなると、A社の債権者を害する場合があるため、詐害行為取消権の保護を受ける
ことができる場合もあるでしょう。
この判決に対しては控訴がなされたのですが、平成22年10月27日、東京高裁
はほとんどそのままの内容で地裁判決の結論を肯定しました。
したがって、抜け殻方式の会社分割に対してA社の債権者が詐害行為取消権によ
って対抗する、という事態が今後増えるかもしれません。
6 会社法22条第1項の類推適用
さらに、応用問題ですが、モデルケースにおいて『A社が「αレストラン」という名称で
飲食事業を行っており、会社分割後、B社が、「αレストラン」という名称を使い続けた』
という場合はどうでしょうか?A社の債権者は、B社に対して、弁済を請求できるでしょ
うか?
仮に、『A社が事業譲渡(会社法21条など)によって、B社に対して、飲食事業を譲
渡した場合に、B社がA社の「商号」を続用した』とすれば、会社法22条1項の適用に
よって、A社の債権者は、A社だけでなくB社に対しても、弁済を請求できます。
ただ、上記の応用問題は、「会社分割」であり、しかもB社は「αレストラン」という「名
称」を使い続けただけあって、「商号」を続用したのではありません。
そうすると、会社法22条1項を適用することはできないでしょう。
では、A社の債権者は、B社に対して弁済を請求できないのでしょうか?
最高裁判決(最判平成20年6月10日第三小法廷判決)は、要約すると、『会社分
割において、「Σゴルフクラブ」という名称のゴルフ場を経営していた旧会社が、会社分
割によりゴルフ場の事業を他の新会社に承継し、新会社が「Σゴルフクラブ」の名称を
続用した場合、会社法22条第1項の類推適用により、新会社も旧会社の債務の責任
を負う』と判断しました。
したがって、モデルケースの応用問題においても、会社法22条1項の類推適用によ
り、A社の債権者は、B社に対しても弁済を請求し得ることになります。